診療録(カルテ)は、医師自身の診断過程、治療過程を証明する唯一の証拠といえます。したがって、その記載内容は、後日、改変されたなどの事情がない限り真実と認められます。
そのため、①記載と異なる症状を呈していたとか、記載と異なる検査・治療を行ったという主張は全く認められません。同様に②カルテの記載が誤記であったという主張も否定されます。
例えば、未熟児室内に収容されていた未熟児が細菌感染により角膜穿孔を起こして失明したケースがあります。カルテには生後7日目に沐浴が行われていた旨が記載していたところ、被告(医療機関側)はカルテの記載は看護師によるゴム印の押し間違いであり、実際には沐浴は行われていないと主張しました。
これに対して、大阪地裁は「看護師が取り紛れて間違ったとも解されず、担当医師はカルテを当然見ているはずであり、明らかな誤りを訂正させなかったこと自体極めて理解しがたい」として、カルテの記載内容は誤記ではない(=沐浴を行った)との判断を下しています。
患者の重要な症状、検査、治療行為について診療録(カルテ)に記載がない場合、それらの事実は存在しないとの推定が導かれ、ひいては医師の不注意の根拠となることがあります。
例えば、交通事故で左大腿部を切断した患者が、切断手術は必要なかったとして医師の責任が問われた事例があります。
医師は患部の汚染、組織再生不能、破傷風、ガス壊疽の危険性を根拠に切断の正当性を主張しましたが、水戸地裁は「血管や神経にどの程度の損傷があったのか、汚染の程度はいかなるものであったのか、筋肉の挫傷がどの程度であったのか等について診療録に記載がないのみならず、これらを推測させるだけの直接的事情も見当たらない。したがって、負傷部分の組織が再生不可能であったと判ずるのは証拠不十分というべきである」との判断を下しています(昭和47年)。
また、胆石手術を行う際、麻酔として使用した笑気+酸素の混合ガスによって、患者に低酸素脳症が生じた事例があります。
被告である医師は、術中に酸素欠乏が生じたならば患者の血圧が上昇したはずだと主張したのに対し、東京地裁は「血圧の変化については…(中略)…手術中における午後10時以降から麻酔挿入管の抜管時の午後11時30分までの血圧の変化の記録が全くなされていないのであり…医師の証言はにわかに採用することができない」との判断を示しています(昭和48年)。
ポイントは、鑑別診断等に必要な重要所見はプラスもマイナスも含めて必ず記載する、行った処置等は全て記載するという簡単な原則を守るだけのことです。
この原則に反して記載を怠った場合、後の裁判で「そのような所見はなかった」、「その処置は行っていなかった」と判断されても仕方がないということに注意すべきです。
診療録(カルテ)の改竄はどんな理由であれ、絶対にあってはなりません。裁判で改竄が認定されたり、疑われるようなことがあれば、カルテ全体の信用性を失うことになります。
そのためには、カルテの記載に際しては、文章の不自然な挿入や書き直し、消去といった後日改竄が疑われるような記載の仕方は絶対に避けるべきです。
担当医師がある箇所の記載を間違ったためにカルテ用紙1ページ分をすべて書き直したところ、原告の弁護士から「他のページと比較するとインクの濃さが違うため、カルテを故意に差し替えた」と訴訟の場で追及された例もあります。
何らかの理由でカルテの記載内容を訂正する必要が生じる可能性は否定できませんが、問題となった診療行為の直後に記載されたはずの事実関係を後になって訂正することが許されるのは、明白な誤記とか、よほど根拠がある場合に限られるでしょう。
やむを得ずに訂正を行う場合は、どこをどのように訂正したかを明確化しておく必要があるため、①訂正前の部分を2本線で消し、余白に訂正後の記載を付け加え、さらに②訂正の日付、③訂正者の名前、④訂正の理由を付しておくことが必要でしょう。
医師法の第24条1項では「医師は、診療をしたときは遅延なく診療に関する事項を遅延なく診療録に記載しなければならない」と定めています。
診療後しばらく経ってから、重要事項を思い出して追記しようとした場合、「遅延なく」の部分を満たしていないと解釈できなくもありません。
しかし、24条1項には、診療に関する重要な情報を残し、後に役立てられるようにしようという狙いや、記憶が確かなときに診療内容を記載してもらおうという意図があると考えられています。
忙しい診療時には、カルテに記入する時間も限られているため、重要な事項が抜け落ちてしまったりすることもあるでしょう。したがって、実際にあったことをカルテに記載する限り、後で思い出したものを追加することは全く問題ありません。
むしろ、カルテに記載のない事項は裁判において認定しないという裁判官がいる事実を考えると、後で思い出した重要な事項は積極的に追記しておく必要があるといえます。
ただし、裁判においては、「被告(医療機関側)が有利になるような内容を後で書き加えた」などと、カルテの改竄を主張する原告が少なくありません。
近年は、改竄の難しい電子カルテが普及してきましたが、こうした主張は依然として見受けられるので、手直ししやすいと思われる手書きのカルテに追記する際には、十分な注意を払う必要があります。
具体的には、診察時に記載した箇所に無理に記入すると、患者側から不自然さを指摘されやすいので、全く異なる場所に記載するといいでしょう。その際には、「○×年○月×日追記 医師○×」と付記するようにすれば、いつ、誰が加筆したのかが明確になります。