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医療紛争の防止・早期解決を目的とした産科医療補償制度の基準と補償対象

分娩時の医療事故で重度の脳性麻痺に陥った場合、仮に医療機関のミスが原因だったとしても、その責任を認めない場合には、患者の家族は司法の場で争うしか方法はありませんでした。脳性麻痺児を育てる家族の経済的・精神的な負担は大きいうえ、数年に及ぶ裁判では医師の過失・因果関係の立証に成功しなければ何も救済されませんでした。

そこで誕生したのが、医療側の過失の有無に関係なく、金銭的な補償(3,000万円)を行う「産科医療補償制度」です。医療行為に関して日本初の無過失補償制度として2009年にスタートした同制度の下、2020年の時点で約4,000件の事案が審査対象となり、約3,000の患者家族が補償を受け取っています。

産科医療補償制度の補償を受け取った後でも、裁判の場で医療機関に責任を問うことも可能ですが、補償金と損害賠償金の両方を受け取ることはできないので、損害賠償を認める判決が出た場合には両者の調整が必要となります。

産科医療補償制度の補償対象

同制度は2022年の基準改定により、「在胎週数32週以上かつ出生体重1,400g以上、または在胎週数28週以上で低酸素状態で出生」という条件が廃止され、「在胎週数が28週以上で出生」した重度の脳性麻痺児が補償の対象となります。ただし、「先天性や新生児期の脳性麻痺」は除外するという条件は改定後も変わりません。

分娩機関は日本医療機能評価機構を通じて産科医療保障制度に任意で加入しますが、全国の加入率はほぼ100%となっています。分娩機関が負担する掛け金はお産1件につき12,000円となっています。賭け金による分娩機関の負担増が妊婦さんの分娩費用の増加につながる懸念から、産科医療補償制度の導入にあわせて出産育児一時金が引き上げられています。

分娩時に事故が起きた場合、家族が原因の究明と補償を求めて訴訟を起こすケースは少なくありませんが、裁判では公平な補償も原因の究明も難しく、事故の再発防止にも繋がらないという批判がありました。

その点、産科医療補償奨制度は、家族の補償だけでなく、分娩機関からカルテや検査記録を提出してもらい、第三者の立場で医師・弁護士らが事故の原因を分析し、再発防止に取り組む機能も併せ持つ画期的な制度、と評価されています。

では、制度の導入により、今後は産科の訴訟数が減少し、無過失補償制度が他科へも拡大していくのでしょうか? そのためには解決しなければならない課題がいくつかあると専門家は指摘します。

家族側は、原因分析で事故の際の医療が標準以下のものであると分かれば、報告書を証拠として、民事・刑事訴訟に持ち込むことができます。この際、訴訟に持ち込むか否かに影響を与える重要な要因として、補償額の妥当性が挙げられます。

現行の3000万円という補償額は、同制度を日本に先駆けて導入しているスウェーデンなどのヨーロッパ諸国に比べると、著しく低い金額です。訴訟は減らないとする根拠のひとつはここにあります。

ただし、この3000万円という数字は、対象となる重度の脳性麻痺の発生件数を年間で最大800件と見積もって決定されたものです。実際の件数はその1/4くらいと指摘する専門家も少なくないため、補償額を4倍(1億2000万)まで引き上げることができれば、結果的に訴訟を起こす家族は減ると考えられます。

もうひとつの課題は、医師に対するペナルティーを導入するかどうかという点です。現行制度では、明らかに劣る医療を行った場合でも、再教育などのペナルティーはありません。医師としての刑事責任は問われなくても、職業人としての責任を果たすためにも、学会主導に研修など、最低限の教育的ペナルティーは必要であるという声は少なくありません。

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